落語家 三代目 三遊亭歌橘様
三遊亭歌橘師匠に、安坊のオーダーメイド手ぬぐいに関するお話を伺いました。
落語の世界と手ぬぐいの親密な関係と、歌橘師匠の手ぬぐいに込められた意味も教えていただきました。
【三代目三遊亭歌橘 プロフィール】
「かきつっち」「落語界の美肌王子」のニックネームで親しまれている落語家。15歳の時に三代目三遊亭圓歌の門を叩き、 2008年に真打昇進。『三代目三遊亭歌橘』襲名。現在は高座での活躍の他、テレビやラジオでの出演も多い。
染の安坊をご利用になられた感想
「安坊さんはデザインの相談も出きますし、意味を込めて提案してくれるのが、とても良かったと思います」
– 「染の安坊」はどのようにして知ったのでしょうか。
僕は10年間浅草に住んでいたので、よく安坊さんの前を通っていました。安坊さんを知ったのは、その頃です。実は、僕よりも母の方が手ぬぐいに詳しくて、どこにオーダーメイドをお願いしようか相談したところ「安坊さんがいいんじゃない?」って。
家には安坊さんの季節の手ぬぐいが飾られているんですよ。
– オーダーメイドの手ぬぐいを頼むときは、どのような下準備をされたんですか?
僕は、「片喰(かたばみ)と、名前を入れて欲しい」くらいしか言ってないと思います。
– 仕上がった手ぬぐいを見て、いかがでしたか?
これは、デザインの段階の話ですが、僕はもっと片喰を小さくして、江戸小紋のように見せても良いんじゃないかな、と思いました。でも、それだとせっかくの片喰が見えなくなってしまうので、結局は安坊さんにお任せすることにしたんです。
仕上がりを見てみると、この片喰の大きさがすごく粋で、パソコンで見たときと印象が違いました。「そこまで計算してデザインしてくれたの?」と、感激しましたね。
– 安坊にお願いして良かったと思うことを教えてください。
やり取りが丁寧ですし、センスが良いですよ。
いままでは、デザインしたものを染め物屋さんに持って行って、相談も何もなく、僕のオーダー通りに染めてもらうだけでした。安坊さんはデザインの相談も出きますし、意味を込めて提案してくれるのが、とても良かったと思います。
– 毎年、色を変えてお作りになられているそうですが、色に込められた思いがあるのでしょうか?
干支のラッキーカラーでお願いしています(笑)。
三遊亭歌橘師匠の手ぬぐいを紹介します!
三遊亭圓歌一門の片喰の紋が散りばめられたデザイン。「満員御礼」の意味が含まれている。
左から、空色、たんぽぽ色、苔色。毎年同じ型を使い、色だけ変えてオーダーしている。
– 手ぬぐいに書かれている「三代目三遊亭歌橘」の文字はどなたの作品でしょうか?
平野甲賀先生(※)が書いてくれた僕の名前です。真打に昇進したときに、「俺が描いてやる!」って言ってくださったんです。
ご存知の方も多く、「あ、この文字は、平野先生の字だね」と言われることもありますね。
(※特徴的な描き文字で知られているブックデザイナー。『蒲田行進曲』のタイトル文字や、椎名誠さんの本のブックデザインなど、代表作多数。)
– この花柄の模様は?
片喰(かたばみ)の紋は、三遊亭圓歌一門の紋です。安坊のデザイナーさんが片喰をお客様になぞらえて、「客席がいっぱいになりますように。隙間が無いように。」という、満員御礼の意味を込めて作ってくださいました。
– 三遊亭圓家一問の噺家のみなさんは、この紋を手ぬぐいに入れてらっしゃるんですか?
いえいえ、みんなではないですよ。というのも理由があって、噺家が高座に上がるときは、紋付を着ることが多いんです。紋付ですと、胸元に片喰の紋が入っていますから、手ぬぐいに使うとくどくなる。でも、僕の場合は、紋付をあまり着ないので、手ぬぐいに使おうと思いました。
– みなさんからの評判はいかがでしょうか?
「粋だねっ!」って言われますね。
今まで、ポップなイラストを使った手ぬぐいをお配りしていたので、「どうしたの、こんな粋な世界に目覚めて」と言われています(笑)。
あまりにも評判がいいので、ここ何年かずっと同じ型で、色だけ変えて作ってもらうことにしているんですよ。
落語の世界と手ぬぐいの親密な関係
手ぬぐいと扇子は、客席と「芸の世界」の境界線。
– 高座に手ぬぐいと扇子がセットになって置かれていますが、何か意味があってのことなのでしょうか?
はい。手ぬぐいと扇子は「境界線」になっているんです。手ぬぐいから向こうがお客様の世界。そして手前が「芸の世界」。噺家の門をたたいたときに、一番初めに師匠から教えてもらう“しきたり”でしたね。
こだわる師匠は、高座に上がると必ず手ぬぐいと扇子の位置を整えてから一呼吸置き、演目を始めています。
– 噺家のみなさまはどのような場面で、手ぬぐいをお使いになるのでしょうか?
まず、高座の中で使いますね。
僕が寄席に出るときは、着物と一緒の風呂敷の中に、手ぬぐいを20本くらい入れておきます。
– 20本もお持ちになるんですね。
寄席の演目って、前々から決まっているものばかりではなく、舞台裏で「ネタ帳」と呼ばれている前の師匠方の演目が書かれた帳面を見ながら、同じ演目にならないように自分で決めることがあります。なので、その日に行う演目を決めてから、手ぬぐいを選ぶんです。
選び方としては、お皿や手紙が出てくる話でしたら、できるだけ白っぽいものが良いと思いますし、例えば「芝浜」という、皮財布を拾う演目では、茶色っぽい手ぬぐいを選ぶようにしています。
「手ぬぐいがないと落語ができないです。手ぬぐいひとつないだけで、高座の上で冷や汗が出ましたね」
– 手ぬぐいを「ひとこと」で表すと?
そうですね。「なくてはならないもの」でしょうね。手ぬぐいがないと落語ができないです。
僕は、そそっかしいタイプなので、手ぬぐいを懐に入れ忘れて高座に上がった経験があります。ちょうどその時の演目の中に、手ぬぐいを手紙に見立てる場面があったのですが、着物の懐に手を入れて、手ぬぐいを出そうと思ったら、…ない(笑)。仕方がないので、その日は、手ぬぐいの代わりに扇子を使いましたけどね。
手ぬぐいひとつないだけで、高座の上で冷や汗が出ましたね。
– 毎年、手ぬぐいをあつらえるタイミングを教えてください。
噺家の世界では、お年始のご挨拶のときに、師匠たちと手ぬぐいの交換をするんです。僕は年始に渡すタイミングに合わせて作っていますね。
師匠同士で手ぬぐいを交換したり、見習い修行中の方に手ぬぐいとお年玉を一緒に渡したりします。
– 噺家のみなさんの、こだわりの手ぬぐいが集まるんですね。
ご自分でデザインされたり、噺家の手ぬぐいを収集したりする師匠がいますので、奥が深く、こだわる人はこだわりますね。
「広げたときと畳んだときに美学がある」とも言われていますし。
僕が見習いだったころにいただいた手ぬぐいを見返してみると、亡くなられた名人方の手ぬぐいがあるので、どの手ぬぐいにも思い出というか、重みを感じますね。
– お正月以外では、どのような場面でお配りになるのでしょうか。
名刺代わりに配ります。噺家って「名刺を持っちゃいけない」って言われているんです。「手ぬぐい1本でいい」って。ですので、当然僕も名刺の代わりとして、ご縁のある方にお配りしています。
– 最後に、「染の安坊」への要望や期待があれば教えてください。
僕に似合うデザインを思いついたらアドバイスしてもらいたいですね。でも、今の型がすごく気に入っているので、作り変えるのは何年も先の事になるかもしれません(笑)。
– 三遊亭歌橘様、本日はお忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。
※取材日時: 2012年6月
※制作:カスタマワイズ